今日は、6434人が犠牲となった阪神大地震の発生から22年目になります。

私は、本日、昨年12月22日に大火災になりました「糸魚川市の火災現場」を訪問しました。

約150棟の建物が火災にあい、当たり一面は、戦後の焼け野原のような光景でありました。

まずは、被災された関係者の皆さんにお見舞い申し上げますとともに一刻も早い復旧復興をお祈りいたします。

現地でお聞きした話では「当日は南からの強風が吹いていた。最初の火災発生時には、数件の延焼で済むかと思ったが、火の粉が強風であちこちに飛び火し、しまいにはどうしようもない状態になってしまった。」「現地は古い木造の商店街や住宅が密集していたエリアであったために消防車も入りきれない地域でもあった」「消防車が来て、消火栓から水をとっていたが、大量に水を引き上げたので水圧が下がってしまった」等、当日のお話しをいただきました。

糸魚川市での火災がここまで大規模に拡大した原因は、これから究明されていくと思います。

振り返って、私たちの住む世田谷には木造密集地域が多く存在し、大地震時の火災対策は喫緊の課題であります。
現在、不燃化特区制度を使い、2020年に向けて燃えない街づくりを進めておりますが、更にスピードアップさせていく必要性を感じました。